閉じる

無免許が指先で扱う1000トンの荷物~10億円の行方~

前回の話はこちら。

本物の機関車で訓練する ~触ったら即死~

 

見習いとして乗務の始まる日。

 

出勤時刻は14時05分でした。ゆっくり起床出来る時間ではありますが、目が覚めた時から気が気でない状態でした。

無意識のうちに心拍数が上がり、漠然とした不安が常につきまとう。

 

その感情の原因はもちろん、初めて本線を走る貨物列車のハンドルを握るからに他なりません。

 

旅客会社の線路を借りて走っているJR貨物には、訓練用の試運転列車を走らせられる環境はありません。

そのため、見習いが初めて本線でハンドルを握るのは、お客様の荷物が満載された営業列車なのです。

いくら4ヶ月の座学と1ヶ月近い地上訓練を受けたとはいえ、列車を動かすことに関しては全くの素人なのです。

車で言えば、教習所で座学の授業を受け、実車の前で車の日常点検のやり方は教わったものの、教習所のコースで車を走らせたことが一度たりとも無いまま、いきなり交通量の多いバイパス国道を運転しろと言われているようなものです。

 

正直、無茶にも程があると思いました。

 

出勤時刻の1時間半前には会社に来ていたと思います。

運転士には1勤務に5回点呼がありました。その流れを覚えるだけでも最初は一杯一杯です。

出勤点呼
仕業点呼(自区出発)
到着点呼(出先到着)
出発点呼(出先出発)
終了点呼(自区到着)

 

出勤点呼を受けてからとにかく頭で出来ることをやろうと、預かった時刻表に駅間の平均速度を書き込んだり、駅間にある制限速度の厳しいカーブを書き込んだり、ポイントの制限速度を書き込んだり・・・気付いたら時刻表は赤ペンの書き込みでゴチャゴチャになっていました。

 

教導と呼ばれる、見習いを教えてくれる師匠となる先輩が出勤してきました。

運転士は不規則な勤務で動いているため、私は自分の教導となる先輩に直接会うのはこの日が初めてで、どんな人物なのかさえ知らない状態でした。

年齢は当時30代前半の先輩で、私と10歳くらい離れていました。それでも運転士経験は10年近くあるわけですから、大先輩であることには他なりません。

先輩に初めましての挨拶をすると、先輩は私のことを「ケン」と呼んでいいか?と聞きました。

私はもちろんですと返事をし、同時にとても嬉しくなりました。

教導の中には最初から厳しい師弟関係を作って牽制する人も多いらしく、そういう人間に当たってしまったら見習いが終わるまでの半年以上がとても辛いものになってしまう。そう思っていた中で先輩の方から歩み寄ってくれたことが、素直に嬉しかったのです。

 

時間までは色々話を聞き、ぎこちない点呼を受けて、いよいよ列車に乗り込むため構内へ出ていきます。

先輩は私の心境を察してくれたのか、気さくに話しかけてくれました。そうでなければ、きっと黙り込んでしまって気まずい空気になっていたと思います。

 

初めて乗る列車は当時5093レという列車番号で、沼津始発(静岡県)~大竹(広島県)行きの変則運用の列車でした。私達はそのうち、静岡貨物~稲沢までを担当します。

列車は静岡貨物でコンテナの積み替えがあり、30分程度停車する列車でした。そのため乗り継いでからもじっくり身支度ができ、初乗務としては恵まれているダイヤだったと思います。

 

到着の5分前くらいに停止位置に着き、列車の到着を待ちます。入社同期の駅員がやってきて、静岡貨物から先の列車の重さを記載した用紙を渡してきました。

 

「今日が初めてだよ、めっちゃ怖い・・・」

 

私はそんなことを同期に漏らしていました。

 

「加納さん、頑張って下さい」

 

同期は小さな声でそう囁き、励ましてくれました。

 

やがて列車がやってきます。初めて乗る機関車はEF66-107号機でした。人生で初めてハンドルを握った機関車として、その車番は今でも忘れません。

 

(余談ですが、そのEF66-107号機は数年後、関ヶ原で抵抗器を焼く火災を起こして東海道線を半日止めています・・・)

 

列車が止まると、降りてきた運転士と乗り継ぎを行います。

 

「5093、異常なしね」

 

降りてきた運転士は慣れた口ぶりでそう言いました。

 

「5093列車、異常なしで!了解しました!」

 

私はド新人らしく、大きな声でそう返事をしたのを覚えています。

 

先輩に促されて先に機関車に乗り込みました。初めて見た営業列車の運転室の中。

点灯する表示等や車内に響く機械音が、生きた機関車であることを実感させました。

「ほれ、座ったらええ」

先輩はそう言って、いきなり運転席に座らせてくれました。

 

時間もあるので、時刻表を差し込むとまずは教わった通りの確認作業を行いました。

 

「5093列車!静岡貨物、15時03分、4番線発!」

 

そんな感じで時刻表の確認作業を行い、続いて列車の重さを編成通知書と呼ばれる紙に書き写したり、コンテナ積み替え中に点灯する信号のことを教えてもらったり、機関車を降りて下回り点検をしたり・・・とにかくやることが多くて、何もかも初めての私は頭が一杯になっていました。

 

そんな中、私は幼い頃から憧れ続けたこの日のことを一生忘れたくないと思い、先輩に一つだけお願いをしました。

 

「どこかで時間があったら、初めてハンドルを握る機関車の前で写真を撮って頂けませんか?」

 

先輩は「もちろんだ!じゃあ今撮ったるわ!」と快諾してくれて、その場で携帯を出して写真を撮ってくれました。その当時はまだ個人携帯の運用についても煩くなく、こんな悠長なことが出来たのもあの頃だったからこそかもしれません。

 

当時先輩に撮って頂いた写真には、緊張で表情が強張る10年前の自分の姿が写っていました。

 

でもその目には、まだ希望に満ちた力が宿っていたように思えます。

 

 

既に季節は夏になっていて、暑くて早々に汗が吹き出てきます。クーラーの効いた車内に戻ると生き返るような感覚でした。

 

やがて発車時刻が近付き、連鎖扱いと言われる確認作業を始めていきます。

 

「あと3分!静岡貨物!15時03分!4番線発!移動禁消灯オーライ!」

 

「あと2分!ブレーキ緩解!」

 

この掛け声とも呼べる喚呼の後、ブレーキハンドルを回して列車のブレーキを緩めました。車内には空気が吹き出るエアー音が響き渡ります。

 

「貫通オーライ!ATSオーライ!P電源!P東オーライ!方向切替え下りB線オーライ!パターン選択95キロオーライ!」

 

そんな感じで、保安装置の最終チェックも行います。先輩は私の掛け声に続いて、同じ箇所を二重にチェックしていました。

 

「あと1分!4番線出発進行!」

 

「レバーサー前進!キックオフ!ブロワー入!」

 

習ってきたままの扱いをしていきますが、初めて乗るEF66ではブロワーのスイッチの位置が分からず、掛け声だけ威勢が良くて動作が伴っていませんでした。

 

先輩にフォローして頂いてスイッチを入れると、大きなブロワーがゆっくりと起動する音が車内に響き渡ります。

 

その音を聞くと、いよいよ機関車が動くのだと思い鼓動が高鳴りました。

 

「ブロワー表示灯消灯オーライ!前灯入!」

 

 

・・・

 

 

「発車!」

 

そう声を張り上げて、ブレーキ弁を運転位置に持っていくと、ブレーキ圧が完全に抜けて車両が少し転がったのを感じました。

 

「進行!1ノッチ!」

 

 

先輩に指示されつつ、そう言ってマスコンハンドルを1ノッチ投入すると、ガクっと機関車が飛び出るように動き出しました。

 

私は全身にアドレナリンが噴き出るような感覚になって、体の全神経が運転に集中しているような状態になっていました。

 

機関車が動き出した直後から、後ろに続く貨車の連結器が1両ずつ張っていき、機関車が前後にガクガクと揺さぶられるのが、運転席のシートを通じて背中から感じ取れました。

貨物列車がいかに重い乗り物であるのかを、あの瞬間ほど感じた時はありません。

 

ノッチを上げていくごとに機関車の強力なモーターが唸りを上げ、列車はゆっくりと加速していきます。

 

これが幼い頃から憧れた仕事・・・

 

そう思うと操作で頭が一杯でありながらも、今日までの紆余曲折が思い出されて胸が熱くなっていました。

 

いま私の指先には、数百トンの積荷と1両数億円の機関車、1両1000万円以上のコキ車が15両も預けられているのです。金額にすればきっと10億円は超えるでしょう。

 

そんな価値のあるものが、ド新人の指先に委ねられているとは甚だ信じがたいものでした。

 

 

 

こうして始まった私の運転士人生。それから約6年で自分が完全に潰れるまでには、それは多くのエピソードがありました。

 

この時系列を延々と書いているといつまでも当ブログの趣旨である「逮捕されることとなった事件の背景」を書けませんので、運転士時代のエピソードは事件の話と並行して、少しずつ書き進めていこうと思います。

 

 

この話の続きはこちら。

※未投稿です。

ストーリーを最初から読まれる場合はこちらからどうぞ。

鉄道会社で働くことへの憧れ ~将来の夢にどんな絵を描いたか?~

無免許が指先で扱う1000トンの荷物~10億円の行方~」に6件のコメントがあります

  1. 今回はもおもしろかった

    セリフ付きは情景がありありと思い浮かびます。

    新人時代、憧れた仕事の運転はさぞや手に汗を握ったのではないでしょうか?
    恐らく今すぐ思い出せるくらいじゃないでしょうか

    この時系列はゆっくり書いてください
    個人的には遅くても月1回のペースで書いて欲しい(笑)

    月1回×12ヶ月=12話もしくは×2年で24話くらいでしょうか

    続編お待ちしてます

    1. >西日本さん

      いつもお読み下さってありがとうございます。

      不思議なもので、この日のことだけは未だにはっきりと覚えているのです。
      初めて乗る機関車は国鉄型がいいという思いに反してやってきたのは100番台でしたが、今となってはこれも輝かしい思い出です。

      時系列の話も、整理が付く限りで書いていきたいと思います。相変わらず更新は疎かですが、今後ともよろしくお願いいたします。

  2. いま思ったんですけど、サメなんですね
    もう最近はあまりみなくなりましたね…

  3. お誕生日おめでとうございます
    あなたのこれからが実りあるものになるように願ってなりません

    6月の中頃にあなたのブログを見つけて、夜勤中や日勤中の休憩時間、休日等に拝読させていただいております。
    あなたの記事を読むと私は胸が痛くなったり、心が洗われたりする思いになります。

    またここに来させて下さい
    乱文失礼しました

    最後になりましたが暑さが激しくなってきましたね。
    くれぐれもご自愛下さい。

    1. >愛媛の鉈さん

      私のような犯罪者の誕生日を祝って下さり、本当にありがとうございます。逮捕された3年前から、家族以外の人間から誕生日を祝って頂けたことはほぼ皆無でしたので、こうしてお顔も知らない方に祝って頂けてとても嬉しかったです。

      このようなブログを何記事もお読み下さりありがとうございます。これは犯罪者になった人間の目線で書いたものですから、多くの方に受け入れられるものとは思っておりません。

      ですが、愛媛の鉈さんのように一人の人間として共感して下さった方がいらっしゃったことに、私自身とても胸の熱くなる思いです。

      未だに気持ちの整理がつかずブログの更新も疎かですが、また思い出した頃にお越し頂けたら幸いです。

      愛媛の鉈さんも暑さでご体調を崩されませんよう・・・

コメントを残す

あなたのメールアドレスは公開されません。

© 2019 運転席と塀の中 | WordPress Theme: Annina Free by CrestaProject.